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大阪地方裁判所 昭和59年(行ウ)46号 判決

原告

五味多正雄

被告

東武

右訴訟代理人

重宗次郎

俵正市

苅野年彦

草野功一

坂口行洋

寺内則雄

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因1、3の各事実は、当事者間に争いがない。

二原告の本訴請求は、法二四二条の二第一項四号に基づく住民訴訟であり、被告が、法二四二条一項所定の財務会計上の行為により市に損害を与え、これを市に賠償する義務があることを前提とするものであるところ、右の財務会計上の行為として原告が主張するのは、被告が、本件補償金及び本件費用の支出に際して行つた法二三二条の四第一項所定の支出命令である。

ところで、地方公共団体の長が、違法な支出命令を発して地方公共団体に損害を与えた場合の、長の地方公共団体に対する損害賠償義務については、民法七〇九条とは別個に、法は、二四三条の二第一項後段で、「故意又は重大な過失により法令の規定に違反して当該行為をしたこと……」による場合に発生する旨定めており、右規定は民法七〇九条の特別規定であり、法二四三条の二第一項所定の賠償責任については民法七〇九条の規定の適用は排除されると解するのが相当である(法二四三条の二第九項参照)。

そうすると、本件においては、被告が、本件補償金及び本件費用の支出に際し、故意又は重大な過失によつて違法な支出命令を発した場合に限り、市に対して損害賠償義務を負うことになるというべきである。

三そこで、被告が、本件補償金及び本件費用の支出に際し、故意又は重大な過失によつて違法な支出命令を発したか否かについて検討する。

1  請求原因2の(一)、(三)の各事実は、当事者間に争いがない。

2  ところで、本件補償金及び本件費用の支出に際し、被告が故意又は重大な過失によつて違法な支出命令を発したとの事実を窺わせる〈証拠〉はたやすく信用できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

3  却つて、右1の争いがない事実に、〈証拠〉を総合すると、次のとおり認められる。すなわち、

(一)  市は、昭和五六年から昭和五八年にかけて、同市内に流れる準用河川加賀田川の災害復旧工事(本件工事)を行つた。本件工事の内容は、昭和五六年度分(昭和五六年災第三七号)が右岸の(乙第二号証の一)、昭和五七年度分(昭和五七年災第二三八号)が左岸、右岸の(同第二号証の二)、昭和五八年度分が河床(乙第二号証の三)の復旧工事であつた。

(二)  本件工事の一部である本件掘削地附近の堰堤工事をするに当り、同所の加賀田川の川幅が極めて狭かつたところから、川床以外の岸の土地部分を一部削つてコンクリートを打つ必要があつたところ、昭和五六年度の本件工事に着工した頃、訴外神納稔から、市に対し、本件掘削地は、同人所有の一七五三番の土地の一部であるとして、補償の要求が出された。

(三)  そこで、当時本件工事を担当していた市土木課の課長補佐の新木実が、大阪法務局河内長野出張所備付の公図(以下、単に「法務局備付の公図」という)までは調査しなかつたけれども、現地において神納稔の指示説明を受け、また、登記簿謄本や当時市に備付けられていた明治一九年の作成にかかる乙第三号証の二の「河内国錦郡加賀田村全図」と題する図面(以下、単に市備付の図面」という)を調査し、さらに、本件掘削地は、加賀田川の河川敷(川の水位の一番高いところ)よりもかなり高いところにあること等を勘案して、本件掘削地は、神納稔所有の一七五三番の土地の一部であると判断し、右神納稔と交渉の上、右工事のため掘削する本件掘削地及びその地上の伐採立木に対する補償として、金三〇万円を支払うのが相当であると判断し、その旨上司に進言したので、これに基づき、被告が本件補償金三〇万円の支出命令を出し、昭和五八年三月頃、右金三〇万円が市から神納稔に支払われた。

(四)  右市備付の図面には、加賀田川に接して神納稔所有の一七五三番の土地があり、かつ、一七五三番の土地は、同所一七五〇番、一七四九番の土地とも接し、右両土地を三方から取囲むような形状になつていて、本件掘削地は、右一七五三番の土地の一部に該当するように記載されているところ、右市備付けの図面は、その記載内容自体や法務局備付の公図に照らし、かなり正確なものといえる。

(五)  なお、市では、これまでも、河川の改修工事に当り、加賀田川のような自然河川については、いわゆる水位の一番高くなるところまでを河川敷として取扱つていたところ、河川改修工事に際し、用地の買収を伴う場合には、河川との境界の明示を受け、或いは、法務局備付の公図を調査して、私有地であるか否かを確かめることにしていたが、本件工事の様に用地の買収を伴わない場合には、法務局の公図等を調査するようなことはしていなかつた。しかし、右のような市の取扱いについて、過去に格別問題の起きたことはなかつた。

(六)  次に、本件工事のうち、昭和五八年度の工事において、加賀田川の護岸の嵩上工事のために、川床の水叩工事や堰堤工事等によつて出た土砂を盛土用に流用して嵩上げをしたが、さらに盛土をする必要があつたので、右盛土に真砂土が使用されたところ、右盛土に使用する土については、市の担当者が直接真砂土を使用するよう指示したことはなく、業者の判断に委ねていたので、業者の判断により、右盛土には真砂土が必要であるとして、これが使用された。

そして、右真砂土を用いた盛土の費用については、本件工事のうちの昭和五八年度の工事に対する当初の入札価格に当然含まれていたので、右盛土費用は、右入札価格の範囲内から支払われた。

以上の事実が認められる。

4  〈省略〉

5 そうとすれば、本件補償金及び本件費用の支出が違法であるとは必ずしも断定し難いし、また、仮に違法であるとしても、前記4の事実の認められる本件においては、市の担当職員である訴外新木実が、事前に法務局備付の公図を調査しなかつたからといつて、前記3に認定の経過によつて、右新木が本件掘削地は訴外神納稔の所有地であると判断し、本件補償金を支出するのが相当であるとして上司に進言したことにつき、故意又は重大な過失はないというべく、したがつてまた、これに基づいて、被告が本件補償金の支出命令を発したことについても、被告に故意又は重大な過失はなかつたものというべきであるし、さらに、前記3の(六)に認定した事実からすれば、被告が本件費用の支出命令を発したことについても、被告に故意又は重大な過失はなかつたものというべきである。

(後藤勇 八木良一 岩倉広行)

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